【SHIROBAKO】聖地居酒屋で飲みながら生視聴する最高の体験

※ややネタバレを含みます。未視聴の方はご注意ください。

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終わりましたね、SHIROBAKO。

SHIROBAKOロスでお仕事頑張れない可能性がある皆さん、愛しいです。

ぼくも毎週超楽しみにしていたので相当な憂鬱が懸念サれます。

SHIROBAKOは本当に人間ドラマとしてのエンターテイメント性が高くて、初めは「この多過ぎる登場人物どうなんだ」って思ってたのに最後はみんな大好きになっていました。みんなに人生があって、想いがあって育って、その1つ1つが全部組み合わさって作品に"なっていく"。そんなSHIROBAKOのロゴのようなカラフルさと一体感が、毎話とんでもなく楽しみで、実際めっちゃめちゃ楽しくてたまに泣いたりして。「良いもの観てるな〜」っていう優越感と、「これこの後一体どうなってしまうんだ…!」ってハラハラでドンドン夢中になっていきました。

毎週何本もアニメを見ているものの、放送時間帯に生で観ているのは唯一SHIROBAKOのみでした。というのも、特別な状況があったからです。それはタイトルの通りで、聖地の居酒屋「松亭」での視聴です。

松亭というのは作中で新人声優の坂木しずかこと「ずかちゃん」がバイトしてる居酒屋です。実在するお店でして、吉祥寺駅から徒歩7分くらいの場所にあります。

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ameblo.jp

松亭もそうですし、SHIROBAKOでは実在の場所が多く使われ、キャラクターのほとんどが実在の人物をモデルにしていることはよく知られています。そこがまた楽しみを拡げていますよね。

元ネタ関連はこちらが詳しすぎてヤバイです。ボリューム満点!

matome.naver.jp

聖地はこちらがまたスゴイ。

sinkirouno.exblog.jp

 ぼくが初めて松亭に行ったのは2期が開始してすぐのことでした。その時、もうなんだこれ、こんなことがあっていいのかと感動が極みました。アンビリバボーって感じです。

「大好きなアニメの」「聖地で」「お酒を飲みながら」「友人と生視聴できる」

これたぶん一生で来るか来ないかレベルのことだと思います。奇跡です。ぼくの場合は更に「家近いので歩いて帰れる」「お店のひと大好き」あたりがプラスされ、もうこれ毎週行くっきゃないとなり、その後ほぼ毎週行きました。最初は限られた人数だった店内も、ドンドンひとが増え、2期後半は常に満員でした。

 こんな感じで常にサイコーの状態が続きます。

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お店の内観はメニューやお酒の並び方、「田酒入荷」の貼紙まで作中と全部同じです。

 

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松亭登場回ではどちゃくそ盛り上がります。「おぉぉぉぉぉ!!!」という声とともにお店のおとうさんとおかあさんに拍手が起こります。

 

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写真が下手でアレなんですが、ご飯もとても美味しいです。安心できる家庭の味!メニューは一般的な居酒屋ラインナップが揃っており、オススメはDVD/BD4巻特典イラストにもある焼き鳥や、チキンカツ、鳥豆腐、唐揚げ、焼き魚(特に鮭!)。揚げ物はブルドッグとんかつソースでいただくのが正義です。

最終回はいつもに比べ多くのひとが訪れる予定だったため立食パーティー形式に。普段とは違った松亭ですが、味はやっぱり松亭でイェス!となります。

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 エビフライも井口さんも大好きです。

 

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いつもは真ん中のホワイトボードに日替わりオススメメニューであるお刺身や白子ポン酢やらが書かれているのですが、最終回当日は違いました。

 

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宜しいよ!宜しいです!こういう細かい気遣いや優しさが松亭の良いところですね。もっと誇ってください。いつもオタクが騒がしくしてごめんなさい。おとうさんおかあさん、いつもありがとう。

作品に使われたきっかけとしては、元々水島監督が近くに住んでいた時の行きつけのお店だったんですよね。放送後メインキャストの声優さんたちもみんな揃って来たことがあるらしいです。

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ポスターやグッズが飾ってあります。典型的な居酒屋で急なアニメコーナーです。実は有志の方々からのプレゼントの品々らしいのですが、有志はガチであり、武蔵野アニメーションの名刺を個人で作ったり、武蔵野アニメーションの社用車を自作されてたりします。車買ってステッカー貼ってなので100万円くらいはかかるのでしょうか。今は5台のムサニカーが現存するそうです。

 

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こちらは第三飛行少女隊原作者である野亀さんのモデルとなった野上武志さんの直筆アリア。変な話ではなぁぁぁあああいッッ!!

 

松亭での視聴は少なくとも10回はして、全てが本当に楽しかったです。毎話最大の臨場感を持って盛り上がり、2ちゃん実況やTwitter実況とはまた別のすごい楽しみがあります。

なにせお酒が飲めるのがいいですね。本編始まるまでに出来上がることが多々あり、前話の録画を見つつミムジーとロロの物真似で30分ほど過ごします。「ロロはロだね!」を20回くらい言います。本編が始まっても出来上がっている人々はCMの「レベル・ネオ」でも骨頂になります。「レベル…」からの「ネオ!!!」で気持ち良くなるとのことです。最終回当日も出来上がったひと達の中で、dアニメストアのうざったいCMは「アニメは、人類をつなぐ、最高の文化だイェー!」か「文化だヨォー!」なのかで激論になり「イェー!」派が圧勝しました。

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  最終話で「ドンドン、ドーナツ、ドーンといこーう♪」をみんなでやった時の画像です。今まではそれぞれ乾杯の時にやってたりしましたが、全員で上山高校アニメーション同好会と一緒にやるのは初めてでした。これまでで最高のカタルシスが生まれました。

 

SHIROBAKOという作品自体については魅力や思うところがたくさんあるので、書くかわかんないけど別稿で語りたいと思います。

とりあえず伝えたい、残したいのは松亭での視聴体験が如何に特別で、最高であったかです。みんながコンテキストを共有しているのはネット実況と同じ、ファン同士が顔を突き合わせるのはオフ会と同じ、でもその両方をアニメと最大限にリンクしながら味わえる機会はもうなんかすごいやったぜ!ってカンジです。視聴後は作品の余韻に浸りながら「いやぁ〜良かったねぇ〜!」ってすぐお酒に戻って感想戦したり駅までテクテク帰ったり、毎回楽しみが過ぎました。

SHIROBAKO最終回終了後も例のごとくdアニメのCMが流れましたが「イェー!」とか「ヨォー!」とかはどうでもよく初めて「最高の文化だ」と受け入れられました。変な話。

一旦区切りが着きましたが、またおじゃまさせてもらいますね、松亭さん。

本ブログご覧の方も機会があれば行ってみてください。一緒に録画を観ましょう。

 

 明日に向かってえくそだす!

 

 

 

 

 

親を愛していない

僕は親から愛されていると思う。それなりの愛を受けてきたと思う。

僕は親を愛していない。そして愛さないこともできない。

 


映画『マイ・マザー』予告篇 グザヴィエ・ドラン監督デビュー作 - YouTube

 

幼い頃は母親が好きだった。末っ子だから甘えていられた。

他の子供に母が良い顔をしていると腹が立って簡単に不機嫌になった。

母親はそれを見て仕方の無い子ねと微笑みながらあやす。僕はその行為にも腹が立った。

母を支配したかったが本当は支配されていることに気が付かされる。

 

思春期になるにつれ、徐々に話さなくなっていった。

一言二言、「うん」や「別に」、三言目で「まあまあ」、くらいしか会話はしなかった。

これには兄の影響が強かったように思う。彼は僕よりも家族のことを想い、理解していた。でも先に思春期を迎えた兄がだんだんと口数を減らしていって、思春期というのはそれが当然なんだと思い込んでた。

一旦離れてしまうと水や粘土のようには戻らず、人間として嫌うようになった。

服や音楽の趣味、外面が良いわりに品が無いところ、たまに起こすヒステリー。

人間としては合うことが到底無い。14歳の少年と40過ぎのおばさんが友達にはなれない。

 自分はどんどん新しいものを見て知っていき、分別がつくようになる。

だけども醜悪に思うものを受け入れられる器量は備わってない。不安定。親であるがゆえの横暴にもウンザリだった。

そうやって人間として否定するものの、親が子供を愛することは当然だと思っていた。当たり前のように親から愛されたかった。これが愛だと教えられたかった。目を閉じても輝いているような愛で僕を許して欲しかった。

ただ現実はそうもいかず。当時の僕が単純に愛を感じられるようなことはなかった。僕が同級生に首を絞められ気絶して頭を打った時、母は僕の学校での状況には一切目もくれず教師を追い込むだけ追い込んだりと、むしろ失望する機会の方が多かった。

あと個人の問題として、アイデンティティの混乱もあったと思う。僕は生まれが関東で育ちが関西なので、家では標準語で外では関西弁だった。それはたくさんある針の一つだけど、自分自身がどんな存在かもよくわからず、その他のテンヤワンヤで自己否定真っ盛りな僕に、愛したり愛されたりを充分にできるわけもなかったのだ。

大阪ハムレットというマンガに僕を宇宙に放り出すセリフがある。

事情あっておじいちゃんが孫を育てている家庭での感情に余る泣きながらの言葉。

「子供は毎日幸せにしたらなアカンのに。」

おじいちゃんが不憫な孫娘を見て号泣しながらこう言う。 僕は弱いので泣く。

おおかみこどもの雨と雪なんかも本筋と関係ないところばかりで泣く。

どんなに不安になっても、絶望をしても、最後に絶対的な愛が待っていて、だから大丈夫だと思えるような、ちょっと理想すぎだとわかっているけど、そんな愛があれば…

 

その後大学留年時代にも派手に言い合ったりして、今も結び目が解かれていない。

父は父で酒癖が悪く酔うと攻撃的で、素面でも何か口を出すと思ったら正論か事なかれ主義なことしか言わない人だった。一度だけつかみ合いになったことがあるけど、あれは「お前お母さんを泣かせただろ謝れこの野郎」っていう僕が完全に無視された言い方だったのでその後ずっと気になった。

もう家族の関係は修復できないよなぁ…と何度か泣いた。そういえば家で泣くのはお風呂の時か深夜自分の布団に包まった時だった。一人暮らしを始めてすぐの頃、いつでもどこでも泣けることにすごく感動したことがある。

海外の映画に出てくる家庭のように「愛してるよ」って言い合うほどでなくてもよいけど、お互いにぼんやりとでも認識できる家庭になればいいな。好きな料理を言うとそればっかり作られるので一切言わなくなるんじゃなくて、アレもコレも好きだって言えるようにすればいいかな。帰省する日は逆に料理を作ってあげるなんてどうだろう。どんな仕事してるとかどんな友達がいるとか、お父さんお母さんのことはあんまり知らないし聞いてみるのも良さそうだ。「二人が大人になったら」と言って保存していたワインはどこに行ったんだろう。

全く特別ではない家庭で、親子ともに特別ではない人間で、大きな問題なく産んで育ててもらった。ちゃんと息子であることは理解している。でもまだ愛していない。この先どうやっていけばいいのかわからないけど、どれだけ時間が余っているのかわからないけど、愛したいと思っている。だから今後も何かで親子愛が描かれる度に泣いて悩む。

無条件に、なんて聖人になってくれと言うような稚拙なことは言わないから、親子であることを前提に親子を超えて愛し愛されたい。あー、でもやっぱ悲しさは残るな。自分はどうだろう。自分ならどうだろう。追及してはいけない気もする。

こんな考えばかりが巡る。いつかこのブログに書いた風な話もできたらいいな。

ちょうど母の誕生日が近いことも思い出せた。

 

親子の複雑な愛におやすみなさい。

 

 

じゃんけん残酷物語

とりとりじゃんけんをやめろ!!!

そもそもこの言葉伝わりますかね。ぼくの地域ではそう呼んでいました。

ちっちゃい頃、ドッチボールやサッカーや野球でチームを分ける時、リーダー格の2人がまず別チームに分かれ、その後2人がじゃんけんで勝った順にメンバーを選んでいくアレです。アレは残酷です。わかりやすく序列がついていく。単純に運動神経の良い順に取られていくのであればまだいいけど、「こいつおもしろいし」とか「仲良いから」という理由も充分に加わってくる。結果、ぼくは余り物だった。最後にぼく1人だけ残った時、人数が多いほど優位なスポーツであったにもかかわらず「いらん」と言われたことがある。

この文章は、どちらかというと余ったひと向けです。

 

最近少しずつ興味のある映画を見始めていて、上記の『とりとりじゃんけん』が「桐島、部活やめるってよ」に登場していた。過剰に心を抉られることとなり、登場人物が当然の様にそれを受け入れているのを見て、相当異常に思え、辛さが骨頂だった。

 

みなさんは最近泣いたことがあるだろうか。ぼくはある。

なんで泣いてるのかと言うと、新たに悲しいことが起きたわけではなく、昔の悲しいことや、自分という人間を思い知らされて泣いている。今ある悲しさに気付かされて泣いている。そりゃ仕事は辛い。辛いけど悲しくはない。ぼくは悲しさで泣くのだ。

逃げていた。仕事、アニメ、映画、音楽、インターネットに。母から来る電話、おばあちゃんの手紙、誘われていない結婚式の写真、全てから逃げている。そんな末端のことはどうでも良いのだけど、それを引き起こす様々なことと未だ向き合えず、乗り越えることができず(すごい斜面が急なんだ‼︎…ごめんなさい)、怠慢を撫でている。最近観た映画はことごとくぼくの悲しさを掘り起こしてくるので、ガッデム感が強く、鈍痛がする。

 

ここ最近観たものは前述の「桐島、部活やめるってよ」や「Elephant」、「Colorful」、「ヒミズ」など、なぜか学生が登場するものばっかり。決して意図したわけじゃない。ほんと偶然。単に学生が主人公の作品という部分より、強く感じた共通項がある。それは、『学生を取り巻く環境に当然のように暴力的な不条理が存在し幅を利かせている』というところ。

「桐島」ではごく自然かつ異常なスクールカースト、「Elephant」や「Colorful」はイジメ、「ヒミズ」は家庭環境。映画に出てくるような壮絶なものじゃなくずっと小規模だけど、現実にもどうしようもない不条理が溢れていて、学生世界のクソさがほとばしってる。

そう、とりとりじゃんけんも、ヤンキーに後ろからいきなり蹴られるのも、濡れ衣で体育教師に髪の毛を引っ張られるのも、ぼくに全くパスが回ってこないのも、好きな女の子が何故か突然学校に来なくなるのも、みんなみんなみんな不条理だ!!!その暴力は精神をブち、仕様も仕方も遣る瀬もない!!!!「弱いからだ」とか「その経験も青春において大事」とか、絶対にしたり顔で言うんじゃないぞ‼︎!!!絶対だぞ!!!!!!

人生においては短い期間とか言うけど学生の頃はそれが世界であって、例えば3年間、それは永遠に感じられて、希望なんてほとんど無いんだ!!!!!!!!!!

自分が急に変わっていくだけでも心が大変なのに周りも急に変わっていく。賢くなっても、残酷さはそのままじゃないか!!!!!!

 

不条理に対してどう反抗していく????

どうすれば勝て、どうすれば報いることができる????

深夜、毛布がぼくの嗚咽を吸収してどんどん湿っていく。ぼくは耐えるだけなのか。善意悪意カジュアルに振られる暴力になすがままなのか。平穏に生きていくのはそんなに難しいのか。疎まれるような卑しい人間なのか。だとしてもそこまでされなきゃいけないのか。

ネオ麦、加藤智大、渡辺博史、程度はあれ、みんな反抗したかったのでは。自分が味わった理不尽に対して報復をするつもりがあったのでは。すごく納得できる行動だった。ぼくらは顕出していないだけで相当な量の理不尽を浴びてきてるからな。すごく短絡的だけど不条理に対して勝てるのは不条理しか無いんだ。みなさんもいつ彼らのようになってもおかしくないですよ。むしろ彼らのように狂ったり無敵になれない分、劣っているのかもしれません。優れているのかもしれません。ぼくは本当に怖かった。彼らと紙一重だと思った。

 

過敏だけど図太い精神と、運のおかげで今は生きている。でも後遺症みたいなものはある。インターネットでよく見る「承認欲求が強いが自己肯定感の低い人間」になってしまった。

他人に否定される経験をもって、自分自身を否定することに慣れてしまっている。そのせいでアイデンティティが少ない。悲しい自分がアイデンティティになり得そうだ、けど認めたくない。本当は幸せだと素面で笑って言いたい。スカスカの、とても小さな自己だ。嫌われないように嫌われないようにと自分を殴打してなんとか整形している。出来の悪いポンカンみたいになっている。食べられるところが異常に少ない。それを流行りの文体でコーティングしてインターネットに流している。インターネットには自分が晒せる、なんて言うけれど、本当に晒せているのか。それはただの延命ではないのか。

「わかる」と声をかけかまってほしいのに「お前に何がわかる」と思ってしまう人間め。

『学校は社会の縮図』という言葉から社会もクソだとよくわかったよ。でも社会はもっと自由だし広いから、うっすらでも生きていられる。せっかく生き延びたんだ。もっと徳をアッパーにしてこう。ずっとでっかな愛を受け入れてやろう。コンプレックスもひとつずつ解いていけるさ。不条理の暴力が見えない世界、あまりない世界、自分が居ても許される世界に絶対に行こう。現世でぼくらのエデンをつくろう。

 

以上、近況となります。

 

 

東京

週末ロックフェスに行った。

そこでくるりが「東京」を演った。

 

込み上げた。感情が混んで何の感情で泣いているのかがわからなかった。演奏が終わった後、横に居た女性も涙を流しているのがわかった。速やかに拭っていた。ただそれだけだけど。

 

大阪から東京に来てもうすぐ1年経つ。まだ慣れたり慣れなかったりしている。

 

東京に来てとても嘘をついた。ちっちゃい嘘を日に何個も重ねている。職場で電話がかかってきたら「折り返しで」といって上司に話し続ける。めんどくさい対応があったら「社内ルールで無理なんで」といって断る。こんな小規模な嘘をついて、自己保身に精一杯。みんながみんな、仕事では利害を押し付けあってきて、結構心が爛れていく。こんな瞬間を繰り返すことで「大人には色々あるんだよ」とか垂れるのであればクソだと思う。

 

ぼくはよく嘘をつく子供だった。口が達者で、屁理屈を言い、知ったかぶりをする。その上めんどくさがりなのでしょっちゅう言い訳をでっち上げていた。歳を重ねるごとにそんな薄っぺらい見栄を抱えて生きてもしょうがないと気付き、なるべく飾らず誠実に生きようと心がけていた。それがこの有り様である。

なんでまた大人になってまでこんな嘘をつかねばならないんだ。誠実より利益が優先される、営利企業というのはこんなに精神を蔑ろにするのか。あと面白いと思ってかすぐ服を脱がそうとする先輩死ね。低俗の極みが。文脈上関係無いが死ね。せめて遠くに行け。

 

最近幸福とは何か、自分は何に幸福を感じるのか、ということを考えていた。

もっと自分のことを考えてあげないといけないなと思う。殊自分に興味が無く、頑張る気が今まで起きず。幼少期の頃にあった自己愛を思春期にめっちゃ否定したからだと思う。その代わり他人のためとなるとすごく頑張れる、喜びも感じる。でもやっぱり孤独な人間として自己精神の高まりを求めていくべきなのではないかと思い至り。自分を幸福にしてあげなきゃいけないなと思い及び。

これに共感してくれるひとがいた。その子も自分を十分に大切にしたり信じることができなかったのだろうか。その子は東京から出て行くことになり、特に詳細を知るわけではないが、「東京め」という気持ちになった。器用では無く、どこかしら歪みがあるし解けない絡み方をしているかもだけど、いつだって正しいよ。

そういうひとを含めてぼくには今目の前に救える人間はいないので、自分に目を向けるしかない、というのもある。これでもかというくらい夢中になるひとがいればそのひとだけ考えて生きていけて楽そう。

いくらアニメを観ても酒を飲んでも快楽が積み重なるだけで全く進んでる感じがしない。なんか意識高くなってきた。けど、Facebookにポエムを投稿するほどの強者にはなりたくないものです。快楽得るものはだいたい揃って不自由が少ないのだけど肝心なものの手に入れ方が霞む感じがする。

 

以上、また書きます。

 

 

 

 

 

帰る場所っぽいのがあった

これは発見だ。

離れて、戻って、初めてわかる。

実に普通だ。

 

生きてきた場所に特に思い入れは無く、よく知ってはいる、って具合だったけど、

いざ帰ると足を運ぶ場所があり、お土産を渡したい人がいる。

 

実家でもよく知っているご飯が出て、

よく知っている風呂に入った。ドアノブがまだ修理されていなかった。

飲んで寝て、メシ食って寝て。

3日程度の帰省では驚くほど快楽ばかりだった。

思ったところに思った人がいた。

 

これはぼくにとって本当に鮮烈で、すごい方程式を発見したような気分になった。

ぼくは地元で傷つき、苦しみ悶え、たまの享楽に勤しみ、アッサリと上京した。

上京自体は手段なのだけど、目的にもなっていて。

結局地元には居場所が無いや、と思って出てきたのにいざ帰ってみるとこれかと。

たまにの帰郷だからというのはわかっているけれど、どうしてこんなに苦味が無いのか。

垢だらけのこの町でなぜこんなに安心できるのか。故郷は不思議だ。

 

帰り際にすごく寂しいような辛いような気持ちになり、ぼくの所在が殆ど無くなった。

父は再雇用で仕事に出ていて、母は年に2回ある友達との誕生日パーティー。

兄は一足先に東京へ帰ってそっちでフットサルの練習があるらしい。

ぼくは1人、まだ自分の部屋の場所で惰眠を続けていた。

丁度都会が焼けていく夢だったので続きを見ようと必死だった。

東京ではベッドだけど実家では布団なので身体がビキビキして痛かった。

半年も経っていないのに身体はすぐ慣れてしまうようで。

そういえば水も最初は合わなかったけど肌荒れは収まったし。

上京する直前までやってたバイトを辞める際に同僚がくれた色紙が部屋にあり、

ふと目を通した。

そこにはそれとなく褒めそやされてるぼくがおり、当時の充足感を思い出した。

バイトは楽しかったのだ。一生懸命やったし甲斐もあった。

学び多い系即感動即シェア人間なんかはこういうことで初心に帰るのだろう。

ぼくは、ウワッ今は嫌なことやってんな、てかこの頃のぼく文字上で慕われてんな、

今んとこ東京で必要としてくれるひといないぞ、オッ辛い、みたいな感じ。

自ら火傷してヒリヒリした。

実家を出る前、入念に忘れ物が無いかチェックした。

一度靴を履いたのに脱いで戻るってのを二回した。

忘れ物は見つからず、きれいにぼくが持ち出せたようだった。

 

自分のやりたいことのために東京に出てきたものの、

自分のために何かをしてあげるのが心底苦手であって、

マジでなんでここに居るのかわかんないんだけどとりあえずまだ死ぬってほどじゃない。

というか生きる意味が無いくらいじゃ死ねない。

 

 

 

以上、インターネット上に公開される日記です。

 

 

 

上京して3ヶ月が過ぎました。

3月26日に上京した。

沢山のひとで賑わった井の頭公園のカップルホイホイ橋を抜け、

立地はいいが外見がボロい家賃6万円のアパートに入った。

入り口に「御自由にお取り下さい」と聖教新聞が3部置いてあるアパート。

家具を組み立てるのに手の皮剥いて、しばらくダンボールがテーブルで。

2回金縛りにあった。1回ゴキブリが出た。まだ1回も遅刻はしてない。

 

自室にSoftBankの電波が無かった。小型基地局を頼んだらすぐ持ってきてくれた。

よくわからないが全然電波が改善しなかった。紙をいっぱい見ていっぱい試した。

電源抜き挿ししたり角度変えたりランプの点滅が終わるまで15分立ちっぱなしで待ったりした。点滅は終わらなかった。

仕事の昼休みに電話をしたら、故障してるみたいなのでもう1機送ります、と言われた。

そいつでアッサリ改善した。不良品は引き取られていった。

ぼくは今でも連れていかれた方に愛着がある。

 

会社は思ったよりよく研修をしてくれた。1社目なのであくまでイメージとの差。

「俺はユニクロをブラック企業だとは思いません」と研修担当の先輩が

ぼくの日報への返信で諭した。触れることができなかった。

その先輩はプロ意識についてアツく語り、「毎朝来る掃除のおばちゃんもプロであることに変わりはない。あの人らが来る時間を見てみ?毎回キッチリ9時だから。」と言った次の日おばちゃんは9時15分に来た。

 

上司は週明けほぼ必ず「週末何してたの?」と聞いてくる。

ぼくは最初の1ヶ月くらいずっと「家具組み立ててました」としか言えなかった。

話が繋がらない雰囲気にマズイと思い、咄嗟に「楽天のことどう思います?」って

聞いてしまい余計マズイ雰囲気になった。

 

最初の出勤が雨で、ぼくが座ってる目の前に立ってるお姉さんが

傘から落ちる水滴を余すこと無くぼくの左膝に落とした。

東京の満員電車は辛いよ、と以前から言われていたことを膝で理解した。

 

ある土曜日。家事をして買い物をして、夜USTでmograを流した。

ひだまりスケッチの曲が流れたので立ち上がり拳を突き上げ激しく暴れた。

このあたりから、日常系アニメに強く依存していること、

他人に勢いよく魅力を語ることに恥じらいを感じなくなった。

「ほんとに日常で、リアルな女の子の雰囲気で、愛が溢れているんだ。」

そんなことを言うと「それ別にリアルじゃないでしょ」と呆気無く指摘され

ただぼくが愛を欲してるだけで技巧的なところはただの繕いだと気づいた。

 

トイレが詰まった。月曜の朝に用を足したらまんまと詰まった。

色々策を講じたんだけど自力では直らず業者を呼んだ。

6万円取られた。

大家がボラレたねの一言などで追い打ちをかけてきたので感情のスイッチを切った。

やり方とかダメなところはすごくあったのだけど、一瞬で大家の顔が利根川に見えた。

お金だけで繋がってるひとは情など持ってくれないのだ。

そんな気持ちを抱いてしまった。

この一件以降クラシアンにリマーケティングされててぼくはいい気味なのだ。

 

祖母はいつも「強くならなあかんで。でも強いだけじゃダメや。優しくならなあかん」

とぼくに言ってきかした。

なのに東京は、強くはなれても優しくなれそうにない。

みんながみんな、自分以外の一切が他人でそこには何の関係もない。

そう信じ込もうとしているように見える。もしくは単に無関心。

仕事でもすっごい頻度で嘘をつく。腹の探り合いだ。

勝たなきゃいけないのだけど。ご飯食べなきゃいけないのだけど。

優しくする(機会を見つける)のがなかなか大変だ。

いざ優しくしても拒絶されたりして。

人間的魅力に乏しいので優しさ辺りで挽回するしかないのに。

 

 

 

 

以上、インターネットに報告です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼくはセックスが下手だ。

これは多分なんだけど、精子が四角いんだと思う。