Twitterやってくれたら月10万あげるよ。
ノイズや人間の量が多いだけの街で彼女は見つかった。
「あの、すみません。ちょっとお話を聞いていただきたいのですが。」
名刺を片手に、フォーマルな装い、歳はおそらく20代後半で髪は短髪、
いわゆる“キャッチ”らしい格好とは少し違った誠実そうな印象の男が話し掛けた。
スマートフォンに視線を落ち着け、集中してるフリをして何も集中していない。
いつものスタイルで彼女は無視を決め込んだ。
「Twitterをしていただく代わりに10万円お支払いします」
地方から上京した大学生である彼女は、普段から無意識に溜まっている貧困にガッと足を掴まれ歩を止める。
“お仕事”はとても単純であった。
『鍵垢(非公開アカウント)で、毎日継続的にツイートすること。報酬は月10万円』
ちょろい。チョロイ。勝った。謎の勝利感すらある。と彼女は思った。
でもさすがに怪しすぎるので、目的や商売のシステムについて尋ねると、
「あなたにアイドルになってほしいんです。そのための投資と思ってください。」
ますますよくわからなくなったのだが、目先の利益に目が眩み、彼女はその仕事を受けることにした。
実家からの仕送りも早々に使い潰してしまったし、と。
アイドル、なれるならなりたいし、と。
それからは、事務所(?)とのやり取りはメールのみになった。
彼女はメールに記載されているIDとパスワードでアカウントにログイン。
プロフィールにも指定があったため、彼女の自由になるのはアイコン画像のみ。ただし自撮り本人画像限定。
もともと自意識の高い彼女は、撮り溜めた自撮り画像群の中からひとつをチョイスしてアイコンにした。
そうこうしてるうちに事務所からもう1通メールが来た。その内容を要約すると以下のようになる。
『数時間ごと(不定期)に来るメールにしたがって、フォロー承認・ブロック・リプ・ふぁぼを行うこと』
変な虫が寄り付かないように。などとアイドル事務所めいた文句とともにこの“ルール”が伝えられた。
「こんばんは(^O^)これからよろしくおねがいしますねっ☆彡」
1ツイート目。アイドルっぽいのかどうかはわからないが、彼女は上手く自意識の波に乗り、仕事をスタートさせた。
それから1か月間、大したこともなく仕事は続いた。
初めはリプやふぁぼの要請も少なく、日常を淡々と垂れ流すだけだったが、
次第に要請も増え、様々なフォロワーと交流するようになっていた。
この頃には彼女がもともと持っていたアカウントはほとんど更新されなくなってしまっている。
ちょうど1ヶ月の頃にはフォロワーも200を超えた。
そして、呆気無く遅滞なく、10万円が振り込まれた。
騙されることも視野に入れて、以前よりのバイトを継続させていた彼女は、
入金の日の夜にバイトを辞めることを店長に告げた。
バイトが無くなった彼女は暇ができ、その分Twitterに費やした。
ウケるツイートや写真の作り方。フォロワー増減との相関。
自分がフォローせずともドンドン増えるフォロワー。有名人、それこそアイドルになったかのような気分だった。
始めて3ヶ月を過ぎる頃にはフォロワーが2000人を超え、事務所からメールで送られてくる対応リストも膨大な件数となっていた。
事件当日は、蒸し暑い夏の夜だった。
深夜2時頃、来客の予定など無いにも関わらず彼女の部屋のインターホンが鳴る。
嫌な予感がした、正確には変質者の類かと思った彼女は居留守を使うことにした。
この時に彼女は「なんか変なひときたこわい」とつぶやいている。
しかしインターホンは鳴り止まず、激しいノックとともに彼女のアカウント名を混ぜた怒声のような呼びかけが轟いた。
「いるんでしょ!?ねぇ!!!◯◯◯(アカウント名)ちゃん!!!」
興奮した男の声とノックが続く。
彼女は恐怖の中「たすけて」とツイートを残し、たくさんのフォロワーに警察に電話するように諭された。
そのツイートから1分も満たず、ゴンッ、と鈍い音が玄関から響き、その音と共に男の声もノックも無くなった。
恐る恐るドアスコープから外を覗きこむと、男性が倒れているように見えた。
彼女は混乱していたものの、警察に電話をする理性はあった。手が酷く震えており、3桁ですら上手く押せなかったようだが。
10分後に警察が到着した時、玄関の男性は頭を鈍器で殴られ、既に死んでいる状態だった。
警察の調べによると、被害者男性は彼女のフォロワーで間違いなかった。
ただ、その“フォロワー”がいささか特殊なものなのだ。
その男性は、とある運営会社に金銭を支払い、彼女をフォローしていた。
また、同様に金銭を支払い、リプライなどを行なっていた。
運営会社は「会員制日常系アイドル」と謳い、そのようなサービスを会員向けに行なっていたのだ。
男性はその会員であり、彼女のフォロワー全てが会員であった。
彼女は日常を切り売りする形で、男性たちに興奮を与え、報酬を得ていたということになる。
今回の事件を考えるに、フォロワーがフォロワーを殺したことに間違いなさそうだ。
彼女を守ろうとしたのだろうか。真意は犯人が捕まるまではわからないところではあるが。
ただ、気になるのは「たすけて」からの犯行が早過ぎる。これには気づいている方も多いだろう。
駆けつけた、という時間ではない。居た、という時間でしかありえない。
また、もうひとつ気になることがあるのだが、警察が犯人を捕まえきれてない理由のひとつに、 「現場付近の不審者が多すぎる」ということがある。不審者は犯人1人ではなく複数居たようだ。
彼女にすごく近い所に、ストーカーが複数人おり、そのうちの1人が犯行をした。こういうことだろうか。
ちなみに彼女の部屋からは当然のように盗聴器が発見されている。
もちろん彼女はもうその家を出て、現在はTwitterの仕事も辞めている。今ではどこにいるか知る術もない。
これが私が今回取材した事件に関しての簡単な手記である。今後犯人が速やかに逮捕されること、似たようなことが起きないことを願う。
また、ゆーこ ( @yuukoo00 )さん
取材のご協力をいただきたいので、ご覧になられましたらご連絡下さい。
2012年6月15日 はてなブログにて
※オールフィクションです。
インターネットはあらぬ妄想を助長する。