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ぼくのインターネットは為す術がありません。

 

ここ最近のぼくのインターネットときたら、大規模な炎上案件が立て続いてる。インターネットってばすごくて早いから、考察や建設的な批判がすぐ出てくる。自分がもやもやさせてたもの、それの更に深いもの、斜めったもの、いっぱい出てくる。ありがとうございます。

特にstudygiftについて参考になったものを少し。

 

I'm looking for a new way to fly...: studygift〜学費支援プラットフォーム〜について。お金は怖いということ。限定的支持・批判・提案: http://yuheisuzuki.blogspot.jp/2012/05/studygift.html

いま話題の「学生支援サービス」は形を変えた「就活」の気持ち悪さ: http://anond.hatelabo.jp/20120518154450

 

 

正直、どうでもいいんですね。それよりぼくのインターネットが危ない。

家入さんが最近やってるのってもう十分に(ネットでは)有名なひとがお金を得るためのサービスって感じ。オレポンとかそう。既に救われてるようなひとが更に救われる、そんなインターネット。G+日本一のひとだって既に救われてるようなもの。名は知れてるし内定あるじゃん。ぼく名前も内定も無いですよ。

 

うまく輝けないひとの逃げ場、名前も知らないすごいひとの舞台だったインターネットは有名人が幅を利かすインターネットへ。これからもっとそうなって行くんだろうなって思う。もし逢沢りなの写真集に出資するプロジェクトあったらしちゃうじゃん?ローラがTwitter始めた時湧いたじゃん?時東ぁみの記事まずまずブクマ集めたじゃん?そんなもんなんだよ。今は歩み寄られてる。ジリジリと。アイツらの迎合は始まってるんだ。そのうちテレビでおなじみの方々がお茶の間インターネッツを埋め尽くす。とりあえずネット有名所と対談とかしちゃったりする感じ?したたかですね。大資本と芸能コンテンツとエロスパムで文化としてのインターネットは終わりに向かうのか。なんだそれ。つら。最終戦争として2ちゃんねるニコニコ動画を武器にガチンコで殴り合うぽよ〜。そんでニコニコ動画に謀反されて死ぽよ〜。(予感)

 

本当に脆弱で、何者にもなれないぼくら。悔しいけど救われません。遣る瀬もありません。別に昔のWebがそういうひとたちを救ったのかというと、決してそういうわけでもないのだけれど、こうもまざまざとお前要らないよと思わされるのも辛いものがある。インターネットに触れて、一瞬でも夢見てしまった、ぼくの一部が世界に認められる瞬間、光景。その夢すらも見にくくなっていく。嫉妬と自己嫌悪と怠惰で包まれたぼくもきみも救われません。期待するな起きろ。

 

 

 

あと、人間はコンテンツじゃない。

コンテンツじゃない、というか、無闇にコンテンツにしてはいけない、と思う。一部を切売するのはいいんだ。もしそれが否定されてもそのひとは否定されないから。そのひと全てをコンテンツにしちゃうと、衆目に晒され不慮に攻撃された時、そのひと自体がダメージを背負ってしまう。「自分が否定された」と強く感じてしまう。そしてそれが一生ネットの海に残る。そういった状況に耐えられたり、長い目で見てもうまく利用できるひとはしてもいいと思うんだけれど。家入さんはそれができるひと。坂口さんは覚悟出来たのかな。

学生が学費を支援してもらうって、その目的が学問じゃなければもうほとんど「自分自身」に対してお金をもらうようなもの。その「コンテンツ」が分不相応だと叩かれるよね。もちろんそれだけが理由ではないけれど。インターネットの大衆の前で顔と名前と経歴+α(このαが結構デカイしツライ)が晒されるリスクをもっと知っておいたほうがいいと思う。なかなかの修羅道な気がする。コラ画像作られてネットにバラ撒かれるのに耐えられる?黒歴史晒されるよ?学校に家族に電凸されるよ?オプションでストーカーも付ける?

インターネットで晒されて「空きれいでちゅわ」しか言えなくなったおっさんをお前らに見せてやりてーよ。

 

 

 

 

もいっこ。この衆愚がきみのインターネットのありのままだ。

 

studygiftに関わる佐々木俊尚さんのツイートまとめ~多様なあり方があることを認識し、支援したい人が支援すればいい。同意できないのなら無視すれば良い~ - Togetter: http://togetter.com/li/306327

 

支援するのもされるのも自由だろ、偉そうなこと言えんのかよ、おまえつくってみろよ、みたいな批判を批判する発言。ブッチギリでナンセンス。大多数に何かを晒した場合、それに対するリアクションはもちろんある。好意も悪意も両方。最近はTwitterなんかのシステム上増幅されやすかったり直接非難を届けることも可能になっている。そこに文句言ってもしょうがないんだよ。必ず出てくるものだから。「認識し」、「無視すればいい」のはサービス提供側で、批判する側じゃない。ぼくがサービスを出している側だったら検索が汚れるしまた荒れるだろ外野うるさい、応援ありがたいですけどメールか電話でください、って思う。ニコニコ動画でいう、動画への批判コメを信者が更にコメで批判する、みたいな形。

 

インターネットは善で満ちた空間でも何でもなく、現実よろしくのクソミソ混合体だ。「だってにんげんだもの」で大体説明出来る。クソのパワーが強めなのがたまにキズなのだけれど。だから提供側はその中でミソを拾える限り拾っていくべきだ。ただ個人を積極的に傷つけにいくやつは死ね。

ネット人口が増える(それも中年以上か子供)。SNSが拡がって今まで見えなかったクラスタが可視化される。インターネットが濁るわけですねよくわかります。「最近のインターネットは…」みたいに感じることはまだまだ続くはず。ぼくらが愛したインターネットのハイコンテクストは瓦解する。というか肩身が狭くなる。どうでもいいですがインターネットの誇るべきハイコンテクストの中には「うんちんまん」というものがあります。本当にどうでもいい。

 

 

 

ぼくが愛するTwitterでは、自分を剥き出すこと、Web人格を作ること、繋がることがいっぱい出来た。超楽しい。愛してる。文化も夢も確かにあった。

その中で、インターネット自己実現の難しさに直面した。上手なひとはどこにいったって上手なんだった。

優良黒船コンテンツがどんどん侵食してきたのもTwitterFacebookほどでは無いけどリアル人格との結びつきも強くしたTwitter。ぼく達はあと何個サブ垢を作ればいい?

そして増える大衆、いわゆる「感度の良い洗練された」文化人達がたちまち希釈されていき絶望の顔.jpg。

 Twitterは「何者にもなれないぼくら」の最後の砦であり、確実に終わりに近づくことを察知させるもの。その中でぼくは「ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!」しか言えないのかもしれない。またインターネットを探さなきゃいけないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

インターネットはざまーみろを助長する。